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代表 勝彰子の気ままブログ

Akiko's Blog ~My Cup of Tea~

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我が子の中学留学、親としての私の思い出 – ホームシックを乗り越えたことと「子離れ」

我が子がニュージーランドの学校から帰国して、今年の7月で丸3年たちました。
帰国して以降、なかなかなじめなかった日本の学校、実は結構大変でしたが・・・もうあとは卒業に向けてカウントダウンが始まった感じです。

なんとなく、ぼんやりと留学していた当時のことを思い出していました。

留学は、もちろん本人が一番大変、がんばってきたことは間違いありませんが、実はママやパパも、いろんなことを乗り越えてきたよな~と。ちょっとしみじみしています。

記憶の中の、まだまだ幼さの残る12歳だった娘をニュージーランドに残し、帰国の途についたあの日。

まったく英語話せないのに・・・本当に大丈夫なんだろうか
1人で道に迷って誰にも聞けなくて危険な目にあったらどうしよう・・・
親元離れて、本当にちゃんとできるんだろうか
ホストファミリーにはかわいがってもらえるかな・・・

それはもう、不安なことばかりを考え出すと止まらなくなりました。
でも、それにも増して募った思いは、

しばらく会えなくなるんだな・・・

というさみしさ。
一人っ子だったので、なおさらでした。

出だしは割と順調で、一生懸命英語に取り組み、クラスに溶け込もうと努力している姿に週末のスカイプで、いつもしみじみとうれしい思いがこみ上げて、あれやこれや、根掘り葉掘り学校のことやホームステイ先でのことを聞き出そうとしていました。

ホームステイのホストマザーに怒られたと聞けば、気になって。
学校で授業についていけないと聞けば、また気になって、心配して。

海を隔てた海外で、何もしてやれないんだけど、だからこそ気持ちばかりが先走っていたのを覚えています。

ちょうど1年を過ぎたころでした。

たぶん、あまり言わなかったけど、寮生活が一番つらかった時だったんだなと今思えばわかります。

帰りたい・・・

毎日毎日、かかってくるLINE電話の向こうで繰り返されるこの言葉、胸が痛かったのを覚えています。
話を聞いて、私も元気になれるように一生懸命励まして、消灯時間がくるぐらいにやっと電話を切る・・・

そんなことが続きました。

ホームシックか・・・

こればっかりは、変わってあげることもできないし、手作りのご飯をもってすぐにでも飛んで行って抱きしめたい思いに胸が締め付けられるようでしたが、そんなわけにもいかない・・・

数週間続いたと思います。

いよいよ辛そうな我が子の様子を感じて、私も覚悟を決めました。

私:もう帰っておいで!明日、朝一番で学校に連絡するから、すぐ荷物まとめて帰っておいで
娘:いいの?
私:もちろん、いいに決まってる!待ってるよ~。十分がんばったよ!!

心底ほっとしたように、その夜電話を切って、私もこれでよかったと思い明日連絡をしようと決めて寝ました。

明け方、子どもからLINEが入りました。

やっぱり、もう少しがんばる。がんばれると思う
もっとがんばれ!大丈夫!と励まして説得していたときには、出てこなかった言葉。

本当に帰ってきていいよ、と私自身も覚悟を決めたとき、「いつでも帰れる」とわかった我が子が出した結論は

もうちょっと頑張る、自分が決めたことだから

その後、ホームシックはすっかりなくなり、帰国のころには「帰りたくない」という言葉が出たほど留学生活を楽しんだ我が子。

今でこそ笑えますが、当時は私も一緒になって泣きそうな日々でした。

それにしても・・・

子どもの留学というのは、親の「子離れ」を迫ってきます。
子どもを信じて、見守るしかない、という状況が起こります。

昔のように、一度留学すると、ちょっとやそっとでは高いお金を払って国際電話を掛けることもない時代とはことなり、今はLINEやZOOM、スカイプなどでいとも簡単に、まるで同じ国にいるかのように簡単に連絡が取れるし、顔を見ながらの会話もできます。

でも、だからこそ、子どものつらい顔を見たり、ちょっとしたことで子どもから連絡が入って心配が募ったり、ということも起こります。

とはいえ、やはり海外なので、何もしてやれない状況は同じ。子離れしないと持ちません。

子どもの留学、もちろん本人の自立心も育まれますが、子離れを迫られる数々の状況を経て、親も成長します

子どもの留学を通して、私たち親もグローバルな視点や留学先の国についてより深く知ることもできます。留学は、子どもはもちろん、親である私たちにとってもさまざま成長の機会を与えてくれるな~と考える今日この頃です。